光が染み込む土壁
谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」をご存知でしょうか。
私の師匠が好んだ本であったこともあり、たまに思い返します。
その文章の中に、土壁(砂壁)についての描写があります。
「われ等は何処までも、見るからにおぼつかなげな外光が、黄昏色の壁の面に取り着いて辛くも餘命を保っている、あの繊細な明るさを楽しむ。我等に取ってはこの壁の上の明るさ或はほのぐらさが何物の装飾にも優るのであり、しみじみと見飽きがしないのである。」
「座敷の壁はやはり砂壁が一番宜しい。(中略)我々は、ただ一色に塗られた背後の壁が、ある時は夕焼けの雲のように、ある時は朝霧のように、淡い光を吸い取って見せる幻覚を愛するだけなのである。」(「陰翳礼讃」より)

私は事務所の朝や夕方にその瞬間に日々出くわすことに楽しみを見いだしているところがあります。 多くの素材は、光を反射していると捉えています。光の跳ね返りによって部屋が明るくなることを好む方には良いかもしれません。 けれど、土壁は違う。 土壁は、光が反射せずに、そこで絶えて行く様子を見せてくれている様な…。
その光が染み込んでいく様は、日々飽きずに静かで美しいのです。
視覚から促される感覚をお伝えしましたが、その他土壁の良さをお伝えしておくと…
1.呼吸する
事務所にいると、時々空気が澄んでいる不思議な感覚に陥ります。
土壁が湿気を吸ったり吐いたりしているからだ、というのは科学的な事実ですが、私の感覚としては、静かに呼吸しているように思えます。 梅雨時にここに入ると、すがすがしい気持ちになることがあるのは、たぶん気のせいではありません。

2. 劣化ではなく、代謝
「土壁はボロボロ落ちませんか?」とよく聞かれます。 正直に言えば、落ちることもあります。土と藁を水で練って固めただけの、いわば地面が立ち上がったものです。 ただ、それを私たちは劣化とは思っていません。 表面の砂が少し落ちて、中の藁が少し顔を出す。その変化も含めて、生きています。 とは言え、あまり落ちないように仕上げることが実は出来ます。それは何を優先するかというところではありますが、繰り返し使える土はまた補修することが出来ます。その繰り返しの中に、本当の永続性があると私は信じています。

3. 翳(かげ)を手に入れる
私が設計で気にかけることのひとつに、「どこを暗くするか」ということがあります。
明るい居場所をつくることが多いですが、いつも明るい場に身を置きたいわけではありません。
そんな中、揺らぎのある土の表面に包まれる翳。
朝にほの暗く差す光を土壁を背景に見ながらお茶を入れ、飲む時間が今の私にとって大切な贅沢な時間です。
言葉で説明するのは難しいですが、言葉にできない「翳(かげ)」があります。
私は今日も、この土壁の前で光が染み込んでいく様をただぼんやりと眺めています。
H&Atelier 半田智子