JOURNAL

平田オリザさん TALK EVENT

2026.02.19

-言葉を耕し、対話を編む-

 

2月8日、H&・月書房で平田オリザさんによるトークイベントが行われました。
平田オリザさん

演劇を通して人と人とのコミュニケーションを耕し続けている平田さん、「言葉を耕し、対話を編む」と題し、人と人との対話に関して平田さんの著作である「わかりあえないことから」の内容を中心にお話し頂きました。

平田オリザさん著作

人と人とがわかりあえる、ということの尊さに異を唱える人は居ないのではないでしょうか。

しかしすべての人と分かり合える=共感し合えるまで対話を繰り返すというのは、現実的ではありません。

そして「この人とは分かり合えている」と言い切れる相手が本当の意味で居るものか?

自分に問いただしてみると途端にそんな人は居ないのではないか、もしくはある部分では分かり合えているけれどもある部分ではそうではない、という方が自然ではないかとも感じます。

 

玄関で靴を脱ぐ時に、欧米人が脱ぎ散らかしていてもあまり気にならないかも知れないけれど、同じような見た目のアジアの国の人が脱ぎ散らかしていると、彼らはだらしないという。更に同じ日本人が玄関で脱ぎ散らかしていると・・・

遠い国の人のように、文化や価値観といった「コンテクスト」が異なることを前提とするとこうした「違い」は許容され、コンテクストを共有できていると思い込んでいる相手との間に生まれる「違い」は許容されない、だから分断が生まれ、相手の価値観を認め合えないのではないか。

この共有できている「つもり」に落とし穴があるのではないか。

では同じ日本人同士であっても外国人を相手にするように、そもそもコンテクストが異なるという前提に立ってみると、共感は出来ないけれども理解はできるのではないか。

あいつとは分かり合えないと思っていた相手と、そうして初めて人と人は対話をするスタートラインに立てる。私は平田さんの著作とお話から、そのように理解しています。

 

日本では都市部への人口集中などと共に、集落や家族といったコミュニティによる価値観の形成や強要が弱まり、そして個人が得られる情報が時代と共に多様化したことにより、個人の価値観が多様化したと感じています。

しかしいくら多様化したとはいえ、人は一人では生きては行けず、互いに同じ地球を共有し合って生きていかなければなりません。

そして人と共に生きていく人生というものは、人生の醍醐味そのものなのではないかとも思います。

そうした社会状況の中でこのような気付きを平田さんから頂き、これから生きていく上での大きく大切な道具を授かったと感じています。

 

当日は大雪、そんな中子供たちをはじめ身近な方々を中心にこのような機会を共有できたことを本当に嬉しく思います。
雪の日のH&

 

こうした対話の技術を学ぶ方法は、演劇しかないという平田さん。演劇には世界を変える力があると平田さんは信じていらっしゃるのではないか、と私は理解しています。

それならばと、次回は平田さん率いる青年団さんによるワークショップを開催したいと考えています。また皆様にお知らせさせて頂きます。
 

 

H& Architects 半田俊哉