JOURNAL

ニッチという余白      

2026.02.11

建築の骨格となる構造部分ではないけれど、昔からなぜか心惹かれる部分があります。 

それが「ニッチ」です。

建築用語では、壁の厚みを利用して窪ませた部分を指しますが、日本語では「壁龕(へきがん)」と訳されます。 その起源を辿ると、西洋建築において聖像や花瓶を飾るために壁面に設けられた祈りの場に行き着きます。

語源は、ラテン語の「nidus(巣)」や、イタリア語の「nicchio(二枚貝)」にあるとも言われています。 大切なものを包み込む殻や、命を守り・育む巣。 昔の人々は、分厚い石や煉瓦の壁をえぐり取り、そこに神聖なものを祀ったり、灯りを置くことで暮らしの中に小さな聖域をつくっていたのです。

そう考えると、ニッチは単なる棚ではありません。 日本建築における床の間のように、季節の草花を一輪挿しにしたり、旅先で出会った思い出の小物を飾ったり。 そこは、佇む人の心がふと帰ったり、美意識が宿る場と言えるかもしれません。

H&の設計でも、この壁の窪みを大切にしています。 ただ下地材を切り欠くだけでなく、その背面に土を塗り込んだり、無垢の木をあしらったり、時には石を敷いたり。 素材の力を借りることで、小さな窪みの中に建築と対話するような静かな風景をつくります。

合理性や数値化できる性能だけを追い求めれば、なくても良いニッチは真っ先に削ぎ落とされてしまうかと思います。 けれど、一見無駄に見えるこの小さな窪みが、建築に深みのある「余白」を生み出し、ふと立ち止まる時間を与えてくれます。

数値には表れないけれど、日々の暮らしの中で「あ、いいな」と感じる瞬間。 そんな心の揺らぎや嬉しさもまた、私たちが大切にしたい建築の「性能」のひとつではないかと考えています。

 

H&Atelier 平田 智子

 

 

H&は丹波篠山と神戸を拠点に活動する建築設計事務所です
https://h-and.net

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